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どうしたら願望を満たせるのでしょうか?それは、その動機が「正しい道」にかなっているかどうかが重要です。

質問:人は財産や地位や事業繁栄を願い求めますが、それらの願望はどのように満たすことができるのでしょうか?智廣阿闍梨回答:諸菩薩に財産、権力、事業繁栄を求めるということは、あなたの子供があなたに対してお…

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2019.06.05

質問:

人は財産や地位や事業繁栄を願い求めますが、それらの願望はどのように満たすことができるのでしょうか?

智廣阿闍梨回答:

諸菩薩に財産、権力、事業繁栄を求めるということは、あなたの子供があなたに対してお金を要求するのと同じことです。

もし子供がとても立派で、徳性が良く、断悪修善し、自利利他し、日々良く修行をし、衆生の利益になりたいと願うような人なら、もし彼があなたに10万円を要求するなら、きっとできるだけ援助してあげることでしょう。10万円とは言わず100万円でもあげたいと思うでしょう。

しかし、もし彼が毎日暴飲暴食や女遊びや賭け事など堕落した生活を送っていたとしたら、それでもあなたは10万円をあげますか?きっとあげないでしょう。

それと同じ道理で、私たちは諸菩薩に願いを満たして頂くようにを求めますが、私たちの行いはそれらの願ったものを得るのに相応しいでしょうか?貪欲な心で求めてはいないでしょうか?

一人の人間が生活をするのに必要な物はそんなに多くありません、多くの場合、私たちの需要は少ないにも関わらず、多くを求めてしまいます。世界中で貧困の為に死ぬかもしれないという状況の中で必死にあがいている人が多くいます。それと比べると私たちは皆裕福なのです。

あなたの家に余っている物はないでしょうか?一度も着ていない余った服がありませんでしょうか?家のあちこちに一度も使っていない物はないでしょうか?きっとあるでしょう。

このような視点でみると、我々は皆裕福なのです。もしそれでもまだ欲しいと思うのなら、本質的にそれは貪欲な心です。仏菩薩はあなたの貪欲な心を喜ぶと思いますか?

実というと、あなたは既に多くの物を持っているので、他の人を助けてあげることができます。もしあなたが所有する物を以て衆生を利益するなら、仏菩薩は必ずあなたを助けてくださるでしょう。衆生の利益を願うほど諸菩薩は必ずあなたに多くを与えてくださいます。これは疑う余地のない確かなことです。

多くの人は修行の効果がないと言いますが、実はそうではなく、自分の心を深く観察することが重要なのです。その願望の背後にある本当の動機はなんでしょうか?本当に衆生を利益する為なのでしょうか?それとも衆生の利益を口実にしてはいませんか?

仏陀がこれほど多くの法門を伝授したのは、最終的に私達の本来の性徳を開花させ、本来の如来の知恵、徳相を具有させるため、私達を無上菩薩にならしめる、自利利他の功徳を具足させるためです。

しかしながら、我々仏教仲間たちの発心はそれほど大きくありません。多分、ただ自分の商売繁盛の為、良い生活の為という浅はかな気持ちで、深奥な法を求めているのです。

このような動機は当然無上菩提に相応しくありません。ですから、ある仲間は自分が修行をしても、自分の目的に到達していないと感じ、仏法に対する信心を失ってしまいます。

深奥な法は我々が無上菩提を得るのを助けてくれますが、もしただ幸せな人生の為にそれを求めるなら相応しくありません。仏法が効力を発しないのでしょうか?そうではありません。それは私たちの心が仏法と釣り合わないのが原因なのです。

私たちは自分の心を観察し、反省すると同時に仏様に対し、仏法に対し、自分に対し信心を持つことが大事です。『大方広仏華厳経』の中に、「衆生ひとりとして、如来の智慧を具足していないものはない」とあるように、私たちは一人ひとり皆如来蔵を具足し、修行を通して自身の仏性を開く必要があります。

もちろん、財産、権力、事業繁栄等を求めてはいけないという訳ではありません。仏陀も私たちがこのような願望を持つことを許してくださっています。ですが、法に従って求めるのが肝要であり、心を広げ、自利利他し、自覚覚他し、よく修行に励みましょう。

 

どうしたら願望を満たせるのでしょうか?それは、その動機が「正しい道」にかなっているかどうかが重要です。

どうしたら願望を満たせるのでしょうか?それは、その動機が「正しい道」にかなっているかどうかが重要です。

2019-06-04

質問:

人は財産や地位や事業繁栄を願い求めますが、それらの願望はどのように満たすことができるのでしょうか?

智廣阿闍梨回答:

諸菩薩に財産、権力、事業繁栄を求めるということは、あなたの子供があなたに対してお金を要求するのと同じことです。

もし子供がとても立派で、徳性が良く、断悪修善し、自利利他し、日々良く修行をし、衆生の利益になりたいと願うような人なら、もし彼があなたに10万円を要求するなら、きっとできるだけ援助してあげることでしょう。10万円とは言わず100万円でもあげたいと思うでしょう。

しかし、もし彼が毎日暴飲暴食や女遊びや賭け事など堕落した生活を送っていたとしたら、それでもあなたは10万円をあげますか?きっとあげないでしょう。

それと同じ道理で、私たちは諸菩薩に願いを満たして頂くようにを求めますが、私たちの行いはそれらの願ったものを得るのに相応しいでしょうか?貪欲な心で求めてはいないでしょうか?

一人の人間が生活をするのに必要な物はそんなに多くありません、多くの場合、私たちの需要は少ないにも関わらず、多くを求めてしまいます。世界中で貧困の為に死ぬかもしれないという状況の中で必死にあがいている人が多くいます。それと比べると私たちは皆裕福なのです。

あなたの家に余っている物はないでしょうか?一度も着ていない余った服がありませんでしょうか?家のあちこちに一度も使っていない物はないでしょうか?きっとあるでしょう。

このような視点でみると、我々は皆裕福なのです。もしそれでもまだ欲しいと思うのなら、本質的にそれは貪欲な心です。仏菩薩はあなたの貪欲な心を喜ぶと思いますか?

実というと、あなたは既に多くの物を持っているので、他の人を助けてあげることができます。もしあなたが所有する物を以て衆生を利益するなら、仏菩薩は必ずあなたを助けてくださるでしょう。衆生の利益を願うほど諸菩薩は必ずあなたに多くを与えてくださいます。これは疑う余地のない確かなことです。

多くの人は修行の効果がないと言いますが、実はそうではなく、自分の心を深く観察することが重要なのです。その願望の背後にある本当の動機はなんでしょうか?本当に衆生を利益する為なのでしょうか?それとも衆生の利益を口実にしてはいませんか?

仏陀がこれほど多くの法門を伝授したのは、最終的に私達の本来の性徳を開花させ、本来の如来の知恵、徳相を具有させるため、私達を無上菩薩にならしめる、自利利他の功徳を具足させるためです。

しかしながら、我々仏教仲間たちの発心はそれほど大きくありません。多分、ただ自分の商売繁盛の為、良い生活の為という浅はかな気持ちで、深奥な法を求めているのです。

このような動機は当然無上菩提に相応しくありません。ですから、ある仲間は自分が修行をしても、自分の目的に到達していないと感じ、仏法に対する信心を失ってしまいます。

深奥な法は我々が無上菩提を得るのを助けてくれますが、もしただ幸せな人生の為にそれを求めるなら相応しくありません。仏法が効力を発しないのでしょうか?そうではありません。それは私たちの心が仏法と釣り合わないのが原因なのです。

私たちは自分の心を観察し、反省すると同時に仏様に対し、仏法に対し、自分に対し信心を持つことが大事です。『大方広仏華厳経』の中に、「衆生ひとりとして、如来の智慧を具足していないものはない」とあるように、私たちは一人ひとり皆如来蔵を具足し、修行を通して自身の仏性を開く必要があります。

もちろん、財産、権力、事業繁栄等を求めてはいけないという訳ではありません。仏陀も私たちがこのような願望を持つことを許してくださっています。ですが、法に従って求めるのが肝要であり、心を広げ、自利利他し、自覚覚他し、よく修行に励みましょう。