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怒りやすい短気な性格はどうすればいいでしょうか?

質問:仏教徒として怒りをぶつけることは「火烧功德林」(努力して積んできた徳を燃やしてしまう、即ち今までの努力を無にする)という行為であると分かっていますが、この悪習が身に沁みついてしまって、何度も犯し…

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2019.06.05

質問:仏教徒として怒りをぶつけることは「火烧功德林」(努力して積んできた徳を燃やしてしまう、即ち今までの努力を無にする)という行為であると分かっていますが、この悪習が身に沁みついてしまって、何度も犯してしまいます。私は准胝観音真言と金剛薩埵心咒を唱え、修法し続け、この悪業を懺悔していますが、しばらく経つとやはり再び過ちを犯してしまいます。どうすれば良いのでしょうか。

答え:まず初めに、私たち一人ひとりは皆、成仏する前は欠点があるということを理解しなければなりません。瞋恚の心も良くある欠点の一つです。自分の欠点に対し、私たちは長い目で見て対治していくという心持が大事です。私たちは毎日懺悔をしているにも関わらず、毎日同じように過ちを犯すかもしれません。いわゆる“屡忏屡犯” (懺悔と過ちを繰り返す状態)です。悪習は一日二日で改善できるものではありません。無始以来私たちは瞋恚の心の連鎖の中にいて、それは習慣性があります。明らかに間違っているとは分かっていてもなお、不快な出来事に出会うとやはり怒りの感情が出てきてしまう、これは過去の悪習です。“私は懺悔してもまた過ちを犯してしまう、懺悔しても意味がない”と思ってはいけません。懺悔を通して、それぞれの要する時間は異なるようでも、正しい良い習慣はどんどん強くなり、瞋恚の心の悪習はだんだん弱まってきます。

次に、もう一度どのように瞋恚の心を対治すればよいのかを見ていきたいと思います。第一に、瞋恚の心がどのような悪影響をもたらすのかを理解することです。瞋恚の悪行はとても深刻で、大乗仏法ではあらゆる悪行の中でも最も悪いものが瞋恚の心と考えられています。なぜなら瞋恚の心は慈悲の心と相反するからです。他の衆生を傷つけることになります。第二に、巧みな方法を用いて瞋恚の心を対治します。瞋恚の心を対治するには色々な方法がありますが、ここでは一つの簡単かつ有力な方法を紹介しましょう:私たちがある人に対し瞋恚の感情を抱くのは、ふつうは相手側が私たちに対して傷つけることをしたり、間違いを犯したことに由るもので、これは凡夫の条件反射です。しかし、仏菩薩の反応は凡夫とは全く違い、恨まないだけではなく、逆に憐み悲しむのです。なぜなら過ちを犯す人は実際とても可哀想なのです。彼は道理が分からないだけではなく、自身の心を制御することができず、自ら苦痛の種を蒔いていて、将来必ず百千万倍の悪報を受けることになるでしょう。それなので、彼のことは恨むべきではなく逆に憐むべき対象なのです。これが恨みを憐みに変えるひとつの方法です。当然ながら、始めてすぐにできることではありません。しかし絶えず習慣的に繰り返すことで、いつかは他人が過ちを犯した際に自然に憐みの気持ちが湧いてくるようになります。

最後に、もし私たちが修行の後、法理にしたがい回向をしたのなら、積み重ねた功徳は保存されているので、もしも今後自分のコントロールができなくて瞋恚の感情が出てしまったとしても、以前に累積した功徳が消滅してしまうことはありません。

智廣阿闍梨解答

 

怒りやすい短気な性格はどうすればいいでしょうか?

怒りやすい短気な性格はどうすればいいでしょうか?

2019-06-04

質問:仏教徒として怒りをぶつけることは「火烧功德林」(努力して積んできた徳を燃やしてしまう、即ち今までの努力を無にする)という行為であると分かっていますが、この悪習が身に沁みついてしまって、何度も犯してしまいます。私は准胝観音真言と金剛薩埵心咒を唱え、修法し続け、この悪業を懺悔していますが、しばらく経つとやはり再び過ちを犯してしまいます。どうすれば良いのでしょうか。

答え:まず初めに、私たち一人ひとりは皆、成仏する前は欠点があるということを理解しなければなりません。瞋恚の心も良くある欠点の一つです。自分の欠点に対し、私たちは長い目で見て対治していくという心持が大事です。私たちは毎日懺悔をしているにも関わらず、毎日同じように過ちを犯すかもしれません。いわゆる“屡忏屡犯” (懺悔と過ちを繰り返す状態)です。悪習は一日二日で改善できるものではありません。無始以来私たちは瞋恚の心の連鎖の中にいて、それは習慣性があります。明らかに間違っているとは分かっていてもなお、不快な出来事に出会うとやはり怒りの感情が出てきてしまう、これは過去の悪習です。“私は懺悔してもまた過ちを犯してしまう、懺悔しても意味がない”と思ってはいけません。懺悔を通して、それぞれの要する時間は異なるようでも、正しい良い習慣はどんどん強くなり、瞋恚の心の悪習はだんだん弱まってきます。

次に、もう一度どのように瞋恚の心を対治すればよいのかを見ていきたいと思います。第一に、瞋恚の心がどのような悪影響をもたらすのかを理解することです。瞋恚の悪行はとても深刻で、大乗仏法ではあらゆる悪行の中でも最も悪いものが瞋恚の心と考えられています。なぜなら瞋恚の心は慈悲の心と相反するからです。他の衆生を傷つけることになります。第二に、巧みな方法を用いて瞋恚の心を対治します。瞋恚の心を対治するには色々な方法がありますが、ここでは一つの簡単かつ有力な方法を紹介しましょう:私たちがある人に対し瞋恚の感情を抱くのは、ふつうは相手側が私たちに対して傷つけることをしたり、間違いを犯したことに由るもので、これは凡夫の条件反射です。しかし、仏菩薩の反応は凡夫とは全く違い、恨まないだけではなく、逆に憐み悲しむのです。なぜなら過ちを犯す人は実際とても可哀想なのです。彼は道理が分からないだけではなく、自身の心を制御することができず、自ら苦痛の種を蒔いていて、将来必ず百千万倍の悪報を受けることになるでしょう。それなので、彼のことは恨むべきではなく逆に憐むべき対象なのです。これが恨みを憐みに変えるひとつの方法です。当然ながら、始めてすぐにできることではありません。しかし絶えず習慣的に繰り返すことで、いつかは他人が過ちを犯した際に自然に憐みの気持ちが湧いてくるようになります。

最後に、もし私たちが修行の後、法理にしたがい回向をしたのなら、積み重ねた功徳は保存されているので、もしも今後自分のコントロールができなくて瞋恚の感情が出てしまったとしても、以前に累積した功徳が消滅してしまうことはありません。

智廣阿闍梨解答